はじめに

 ジルコンを対象にした放射年代測定法にはフィッション・トラック(FT)法やU-Pb法、(U-Th)/He法などがあります。本報告は、地質試料中のジルコンについてU-Pb年代測定およびFT年代測定を行った結果をまとめたものです。今回の目的は、閉鎖温度の異なる2つの手法によるクロスチェックを行い、同一粒子から正確なジルコン年代を明らかにすることです。具体的には、FT年代算出に必要なウラン濃度測定をレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS法)で行うとともに、U-Pb年代測定もLA-ICP-MS装置で同時に測定します。以下に、U-Pb法およびFT法についての概説、測定装置と測定条件、測定結果、解析結果を示します。

1. FTとU-Pbダブル年代測定について

 2011年以降弊社では、ジルコンやアパタイトを対象に1つの結晶でFTとU-Pbの2種類の年代測定を行う、ダブル年代測定(岩野ほか, 2012)[1]を開始しました。この測定法の開発により、1個の結晶から2つの異なる高低閉鎖温度に対応した放射年代が得られるようになりました。その結果、単独の粒子FT年代あるいは粒子U-Pb年代から得られる情報だけでは知ることのできなかった、複雑な試料年代の解析や熱史の推定が可能となってきました。LA-ICP-MS測定技術の進歩は著しく、それを反映してダブル年代測定技術は年を追うごとに向上していますが、一方で進歩のスピードが速すぎるため、その技術や応用論文の公表が追いつかないのが現状です。

1.1 ダブル年代測定の歩み

我が国では既に1980年代に研究用原子炉の老朽化が議論され、毎年のように何ら
かの軽微な装置トラブルにより使用予定の変更が常態化していました。
1989年の武蔵工業大学(現東京都市大学)の実験用原子炉の濾水漏れ事故を契機に、弊社では原子炉によらないU濃度測定法の開発を始めました。当時最も有効な測定法としてSIMS (二次イオン質量分析計) があり、LA-ICP-MS法が潜在力を秘めた測定法として候補となりました。我が国もLA-ICP-MS法は、東京大学平田岳史教授を中心に当時急速な発展途上にあり、その後国際的にも著しい発展を遂げ、その成果は広く知られるところとなっています(平田他(2013)[2]、Sylvester and Jackson (2016)[3]など)。この間弊社では、LA-ICP-MSによるU濃度測定およびU-Pb年代測定の実用化を目指し、238Uの壊変定数の決定などFT研究のうちでも最も基礎的な問題の解決を図ってきました(檀原・岩野(2013)[4]、Danhara and Iwano, 2013)[5])。その過程で1990年代末には、LA-ICP-MS法を用いたFT年代測定と同時にU-Pb年代測定も行う、ダブル年代測定(double dating)の構想が大きく浮上してきました(Kimura et al.(2000)[6],檀原(2001)[7],岩野ほか(2013)[8])。2000年台初頭には、国際的にもCox et al.(2000)のアパタイトにおけるFT年代測定法適用の試みがなされたのをきっかけに、Svojtka & Kosler(2002)[9],Kosler & Sylvester(2003)[10],Hasebe et al.(2004,2009)[11,12],Donelick et al. (2005)[13]などが公表され始めました。2010年代にはより実用的段階に至り、伊藤ほか (2010)[14] ,Chew and Donelick(2012)[15],Shen et al.(2012)[16],Sakai et al.(2013)[17][18],Okamoto et al.(2015)[19]など多くの研究が続いています。
この流れの中にあって私達が強く意識したのは、我が国のユーザーは若い年代測定、特に第四紀試料のダブル年代測定を必要とするであろうということです。このことはU-Pb年代測定が少なくとも1Ma以下、さらに10万年程度までの適用が可能とならねばならないことを意味します。これは極めて高い要求水準ですが、ダブル年代測定の実用化において、我が国では越えねばならない壁となっていました。10年以上に亘る平田岳史教授との共同研究により、ようやく実用化のレベルにまで到達したといってよいと考えられます(Sakata et al., 2014, 2017)[26]。私たちは今後さらなる測定技術と理論の両面から改良を加え、より精度の高い安定した測定の実現を目指します。
ダブル年代測定で重要なのは測定の実現性にこそあり、好条件を備えていない一般的な試料においても、いかに測定を可能にできるかという技術的問題の克服こそが核心となります。近年地質試料の測定例が増加するとともに基礎技術の公表も進んでいます(細井ほか, 2018; 植木ほか, 2019; Hosoi et al., 2020; 丹羽ほか, 2020, Iwano et al., 2020, Matsu’ura et al. 2020)[22,23,24,25,26.27]。測定条件の詳細は逐次前掲の測定条件一覧表に記載することとし、本文中への記載は省略しています。そのためより詳細な情報が必要な場合には遠慮なくご連絡ください。
以下に、FTとU-Pb(U-Th-Pb)年代測定の比較をします(表1)。

表示された簡単な比較によっても2つの測定法は大きく異なることが分かります。
さらに表1で示された測定領域の違いについても図1に示します。

これらの比較の中で重要なのは、FTとU-Pb年代測定での閉鎖温度と測定領域の大きな違いです。たとえばジルコンでは閉鎖温度の高いU-Pb年代は結晶の生成年代を示し、通常リセットすることはないと考えられます。これに対しFT年代は閉鎖温度が低いため、容易に熱影響を受けリセットしやすい特徴を持ちます。この2つの測定法の特徴をうまく組み合わせることにより粒子ごとの起源や熱履歴だけでなく、本質結晶か外来結晶かの識別や本質結晶の有無などについての解析も行えます。
次ページの図2にダブル年代測定の流れを示します.

測定結果を解析するため、実際のダブル年代測定結果に基づいて、パターン化したものを図3に示しました。個々の測定結果を判断する上で、参考となるものと思われます。

図3.  同一粒子でのFTとU-Pb年代同時
測定における測定年代値の比較

(a)U-Pb年代 > FT年代の場合
多くの深成岩・変成岩に見られ、FTおよびU-Pb粒子年代は良くまとまり、一部に外来結晶を含むこともある。双方の年代は一定値を示すため、徐冷下で測定法の閉鎖温度の違い(U-Pb : 700~900℃, FT : 200-300℃)に対応する年代を示す。
(b)U-Pb年代 ≒ FT年代の場合
比較的若い非変質の火山岩・テフラで多くみられ、均質な自形結晶で構成されることが多いところから、本質結晶の生成年代(U-Pb)≒噴出年代(FT)と考えられる。
(c)U-Pb年代 < FT年代粒子を含む場合
多くはU-Pb年代 > FT年代であるが、一部U-Pb年代 < FT年代粒子を含む。基本的には(a)の場合に相当すると考えられるが、結晶中の累帯構造の影響が強く、見かけのFT年代がU-Pb年代を越える異常な粒子が含まれる。しかし “若い”見かけ年代粒子も伴うことから、平均値はU-Pb > FT年代となる。
(d)U-Pb年代 が大きくばらつく場合
全体としてU-Pb年代 > FT年代を示す。古期の砂岩など堆積岩起源の変成岩あるいは不均質なテフラでみられる。生成年代が大きく異なるため、U-Pb粒子年代で著しくばらつくが、FT年代においては一定のまとまりを示す。この場合、被熱レベルはFTの閉鎖温度以上であったため、FT年代はリセット年代と考えられる 。

(e)FT年代 が大きくばらつく場合
全体としてU-Pb年代 > FT年代の傾向をもつものの、FT年代が若いため、FT粒子年代は0(ゼロ)年代を含
み大きくばらつく。第四紀ジルコンの形成と冷却年代に差がある場合がこれに相当する。

 

1.2参考文献

[1] 岩野英樹・折橋裕二・檀原徹・平田岳史・小笠原正継(2012):同一ジルコン結晶を用いたフィッション・トラックとU-Pbダブル年代測定法の評価―島根県川本花崗閃緑岩の均質ジルコンを用いてー. 地質学雑誌, 118, 365-375. https://doi.org/10.5575/geosoc.2012.0006
[2] 平田岳史・坂田周平・岩野英樹・折橋裕二・岡林織起・横山隆臣・牧賢志・昆慶明・服部健太郎・小宮剛・飯塚毅・檀原徹・丸山茂徳(2013):レーザーアブレーションICP質量分析法によるU-Pb年代測定. 月刊地球/号外, No.62, 100-110. ISSN 0387-3498
[3] Sylvester, P.J., and Jackson, S.E. (2016): A Brief History of Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry (LA-ICP-MS). ELEMENTS, 12, 307-310. https://doi.org/10.2113/gselements.12.5.307
[4] 檀原徹・岩野英樹(2013):独立したFT年代測定の確立―LA-ICPMS-FT法に向けてのここ10年間の歩みー.月刊地球/号外 No.62, 111-116. ISSN 0387-3498
[5] Danhara, T. and Iwano, H. (2013): A review of the present state of absolute calibration for zircon fission track geochronometry using the external detector method. Island Arc, 22, 264-279. https://doi.org/10.1111/iar.12035
[6] Kimura, J., Danhara, T. and Iwano, H. (2000): A Preliminary Report on Trace Element Determinations in Zircon and Apatite Crystals using Excimer laser Ablation-Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry(ExLA-ICPMS). Fisson Track News Letter. 13, 11-20. ISSN 1340-900X
[7] 檀原徹(2001): レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析(LA-ICPMS)を用いたFT年代測定法の構築とテフラ研究への応用. 月刊地球, 23, 629-633. ISSN 0387-3498
[8] 岩野英樹・檀原徹・坂田周平・平田岳史 (2013): LA-ICPMS法によるウラン定量と第四紀ジルコンFT年代測定―ベトナム産ジルコンメガクリストの例―.月刊地球/号外 No.62, 117-123. ISSN 0387-3498
[9] Svojtka, J. and Kosler, J. (2002): Fission-track dating of zircon by laser ablation ICPMS. Geochim. Cosmochim. Acta. 66: A756.
[10] Kosler, J. and Slyvester, P. (2003): Present Trends and the Future of Zircon in Geochronology : Laser Ablation ICPMS. Homchar, J.M. and Hoskin, W.O. (eds) Zircon. Reviews in Mineralogy and Geochemistry, 53, 243-275. https://doi.org/10.1111/j.1751-908X.2001.tb00612.x
[11] Hasebe, N., Barbarand, J., Jarvis,  K., Carter, A. and Harford, J. (2004): Apatite fission-track chronometry using Laser ablation ICP-MS. Chem. Ged., 207, 135-145. https://doi.org/10.1111/iar.12040
[12] Hasebe, N., Carter, A., Hurford, A. and Arai, S. (2009): The effect of chemical etching on LA-ICP-MS analysis in determining uranium concentration for fission-track chronometry. Lisker, F., Ventura, B. and Glasmacher, U.A. (eds) Thermochronological Methods: From Palaeotemperature Constraints to Landsdape Evolution Models. Geological society, London, Spetical Publications, 324, 37-46. https://doi.org/10.1144/sp324.3
[13] Donelick, R.A., O’Sullivan, P.B. and Ketcham, R.A. (2005): Apatite Fission-Track Analysis. Reviews in Mineralogy & Geochemistry, 58, 49-94. https://doi.org/ 10.2138/rmg.2005.58.3
[14] 伊藤久敏・田村明弘・森下智晃・荒井章司(2010): 野島断層およびその周辺の花崗岩質岩から得られたジルコンのU-PbおよびFT年代: LA-ICP-MSによるU-Pb年代測定法の新たな展望. 地質学雑誌, 116, 544-551. https://doi.org/10.5575/geosoc.116.544
[15] Chew, D.M. and Donelick, R.A. (2012): Combined Apatite Fission Track and U-Pb Dating by LA-ICP-MS and Its Application Apatite Provenance Analysis. Mineralogical Association of Canada Short Course 42, St. John’s NL, May 2012, 219-247. https://hdl.handle.net/2262/67003
[16] Shen, C.B., Donelick, R.A., O’Sullivan, P.B., Jonckheere, R., Yong, Z., She, Z.B., Miu, X. L. and Ge, X. (2012): Provenance and hinterland exhumation from LA-ICP-MS zircon U-Pb and fision-track double dating of Cretaceous sediments in the Jianghan Basin, Yangtze Block, China. Sedimentary Geology. 281, 194-207. https://doi.org/10.1016/j.sedgeo.2012.09.009
[17] Sakai, H., Iwano, H., Danhara, T. and Takigami, Y., Roi, S.M., Upreti, B.N. and Hirata, T. (2013): Rift-related origin of the Paleoproterozoic Kumcha Formation, and cooling history of the Kuncha nappe and Taplejung granites, eastern Nepal Lesser Himalaya: a multichrnological approach. Island Arc. 22, 338-360. https://doi.org/10.1111/iar.12021
[18] Sakai, H., Iwano, H., Danhara, T., Hirata, T. and Takigami, Y. (2013): Emplacement oh hot Lesser Himalayan nappes from 15 to 10 Ma in the Jumla -Surkhet region, western Nepal, and their thermal imprint on the underlying Early Miocence fluvial Dumuri Fornation. IsLand Arc. 22, 361-381. https://doi.org/ 10.1111/iar.12030
[19] Okamoto, A., Takeshita, T., Iwano, H., Danhara, T., Hirata, T., Nishido, H. and Sakata, S. (2015): Fission track and U-Pb zircon ages of psammitic rockes from the Harushinai unit, Kamuikotan metamorphic rocks, central Hokkaido, Japan: constraints on metamorphic histories. Island Arc, 24, 379-403. https://doi.org/10.1111/iar.12121
[20] 檀原徹・岩野英樹(2017): FTおよびU-Pbダブル年代測定の応用と解釈. 日本第四紀学会2017年大会(福岡大学), p10.
[21] 岩野英樹・檀原徹・坂田周平・平田岳史(2017): 猪牟田-ピンクテフラのジルコンU-Pb年代測定とFT年代測定との比較, 日本第四紀学会2017年大会(福岡大学) A-12.
[22] 細井淳・中嶋健・檀原徹・岩野英樹・平田岳史・天野一男(2018): 岩手県西和賀町に分布するグリーンタフのジルコンFTおよびU-Pb年代とその意味. 地質学雑誌, 124, 819-835. doi.10.5575/geosoc.2018.0029
[23] 植木忠正・丹羽正和・岩野英樹・檀原徹・平田岳史(2019): 中部日本、新鮮世東海層群中の太田テフラのジルコンU-Pbおよびフィッション・トラック年代. 地質学雑誌, 125, 227-236. doi: 10.5575/geosoc.2018.0058.
[24] Jun Hosoi, Tohru Danhara, Hideki Iwano, Noritaka Matubara, Kazuo Amano and Takafumi Hirata(2020) : Development of the Tanakura strike-slip basin in Japan during the opening of the sea of Japan: Constrains from zircon U-Pb and fission track ages. Jour. Asian Earth Science. 190. 104157. doi.org/10.1016/j.jseaes.2019.104157
[25] 丹羽正和・      雨宮浩樹・代永佑輔・小北康弘・安江健一・岩野英樹・檀原徹・平田岳史(2020): 北海道中部、幌延地域の新第三系~第四系に挟在するテフラのジルコンU-Pbおよびフィッション・トラック年代. 地質学雑誌, 126, 267-283. doi: 10.5575/geosoc.2020.0006
[26] Hideki Iwano, Tohru Danhara, Yugo Danhara, Saori Hirabayashi, Toru Nakajima, Harutaka Sakai, Takafumi Hirata (2020): Zircon fission-track and U-Pb double dating using femtosecomd laser ablation-inductively coupled plasma-mass spectrometry: A technical note. Island Arc. https://doi.org/10.1111/iar.12348
[27] Shuji Matsu’ura, Megumi Kondo, Tohru Danhara, Shuhei Sakata, Hideki Iwano, Takafumi Hirata, Iwan Kurniawan, Erick Setiyabudi, Yoshihiro Takeshita, Masayuki Hyodo, Ikuko Kitaba, Masafumi Sudo, Yugo Danhara, Fachroel Aziz (2020): Age control of the first appearance datum for Javanese Homo erectus in the Sangiran area. Science 367, 210-214. doi:10.1126/science.aau8556


 

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